「リスク」とは、一般に「危険や不安が生じるおそれ」とか「それらが起こりうる程度」として用いられますが、「危険(=hazard)」として使われるケースもあります。ここで言う健康に関する「リスク」とは、後者の「危険」ではありません。私たちが何かしら行動する際には、多少なりとも危険や不安がつくものであり、何かが起こるという確率は0(ゼロ)にならないということです。

放射線という言葉は原爆や原発事故などを思い立たせてしまい、リスクとなりうる他の要因(たとえば、食べ物やウィルス、天災、交通事故など)よりも危険や不安と感じるケースが多いようです。しかし、現在の放射線影響の研究では、原爆被爆者を長期に調査しても通常の放射線検査で用いられるような放射線量では、がんによる死亡率が高くなるといった結果は得られていません。また、海外ではX 線診断を受けた小児についての長期にわたる研究で、がんに罹る率に有意な増加はないことが報告されています1)

放射線による人体への影響を考えるとき、とても大切なのは当たった量との関係です。原爆のような大量の放射線を浴びてしまった場合では、発がんリスクの上昇がみられました。しかし、これまでにも述べましたように、通常の放射線検査で使用される程度の量によるリスクは小さく、心配するような大きさではないと考えられています(最初に記載したようにリスクがゼロというわけではありません)。これらは現在分かっていることですが、その一方で、少ない放射線量での影響について現在の科学で証明するとこは難しく、今なお様々なモデルから研究が成されています。

日本人のリスクにおける認知調査では、「X線」と聞くよりも「X線検査」と聞いた方がより怖さを抱くようです。一方、「X線検査」は「原子力」より恐ろしくなくいというイメージですが、「喫煙」は「X線検査」よりも怖くないようです2)。しかし、私たちの身近にある事例で推定死亡リスクをみますと、喫煙に起因する発がんやインフルエンザによるもの、また、交通事故によるものは、放射線によるものよりも高いと言われています3.4)。インフルエンザに罹ることや交通事故にあうものと比べれば、低線量の放射線による発がんリスクは非常に低いものとも言えます。

放射線検査によるメリット(便益)は、外部からは見えない病気やがんを見つけることが可能と言うことです。その検査結果は適切な治療方針へと役立てられ、また、異常が見つからなかったとしても安心へと繋がると言う点に大きな便益があることを忘れてはならないでしょう。逆に、検査を行わなかったことで病気の有無も分からず、誤った治療方針から悪化させてしまうリスクがあることも忘れてはならないでしょう。検査を受けることのメリットは分かっていても、放射線は危ないという認識がまず最初に思い浮かび不安を招いてしまうのかもしれません。放射線検査や治療を受けるリスクを考える時には、同時に「受けることによるメリット(便益)」そして「受けないことによるリスク(損失)」も考えてみることが良いと思います。

1) Hammer. G.P. et al. “A cohort study of childhood cancer incidence after postnatal diagnostic x-Ray exposure.” Radiation Research. 2009;171:504-12.
2) Kleinhesselink. R. & Rosa. E. A.. “Cognitive representation of risk perception: A comparison of Japan and the United States.” Journal of Cross-cultural Psychology. 1991;22:11-28.
3) International Commission on Radiological Protection. The 2007 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection. ICRP Publication 103. London. UK:Elsevier; 2007.
4) いろいろな事項についての10万人あたりの年間死亡数(2006年版) (財)体質研究会 武田篤彦