より良い学会発表をするために

杜下淳次,白石順二,藤田広志,桂川茂彦,大塚昭義, 小寺吉衛,川村義彦,山田勝彦,土井邦雄

学会での口述発表は、学会誌の論文発表と同様に、学会にとっては最も重要な行事の一つです。学会発表の内容のレベルは、学会のレベルを反映していると言っても過言ではありません。そこで、より良い学会発表をするために努力することは、大きな意味のあることと思われます。
学会発表に至るまでには、かなりの時間をかけて研究の構想を練り,データを収集し、それらの結果を分析する作業があります。発表では、聴衆に対して限られた時間内に、重要な結果を理解してもらわねばなりません。このとき、研究内容を正確に知っているのは、研究に関わった人達だけです。つまり、ほとんどの聴衆は、何をどこまで明確にした発表なのかを詳しくは知らないので、分かりやすく説得力ある発表を行うように心がけることが重要です。そのためには、短い発表時間内に、聴衆とうまくコミュニケーションがとれるような、工夫した発表をする必要があります。
例えば、短い時間内に研究で得た結果のすべてを示そうとする人がいますが、これは決して良い方法とはいえません。むしろ、重要な点だけに絞った内容を、簡潔なスライドを用いて発表することの方が大切です。より詳細なデータは、論文にするときに示せばよい場合がほとんどです。このように少し工夫すれば、発表後、活発な質問や貴重なコメントを聞くチャンスも増えます。
しかし、残念ながら、すべての研究発表のスライドが見易く、さらに、内容も理解しやすいように工夫されているとは思えません。発表のための十分な準備(リハーサルも含めて)をする事は、論文にまとめるときにも役に立ちます。そこで、学会発表をより良くするためのガイドラインを以下に示します。

A. 分かりやすく説得力のある発表を心がける

説得力のある発表のために
(1)研究の背景や目的を明確に説明
(2)要点を絞ったスライドの作成
(3)十分なリハーサル
(4)原稿を読まない
(5)レーザーポインタは的確に指す
(6)略語は避ける


(1) 背景や目的を明確に説明: あなたの研究内容は、多くの聴衆にとっては初めて聞く内容です。そこで、聴衆にとって理解しやすい発表とするためには、「研究の背景について簡単に触れる」、「研究目的を明確に示す」ことが重要です。これらの説明に、全体の発表時間の約1/3の時間を割りあてても多すぎることはありません。また、研究の背景と目的を分かりやすく話すことによって、多くの聴衆の注意力を、あなたの発表に強く引きつけることになります。
(2) 要点を絞ったスライドを作成: 簡潔で理解しやすいスライドを作成する(後述)。
(3) 充分なリハーサル: 限られた時間内に、研究内容を的確に伝えるためには、あらかじめ充分なリハーサルを行っておくべきです。発表の経験の少ない方は、何度もくり返してリハーサルを行うことが役に立ちます。リハーサルでは、共同研究者だけでなく、研究に直接関与していなかった人にも聞いてもらうと、どの程度分かりやすい発表であったかを知る目安になります。
どうしても、リハーサルを聞いてもらう人がいないときには、リハーサルを録音して、自分で聞くことにより客観的な判断材料になります。聞いてくれる人がいなくても、声を出して練習することは大変役に立ちます。実際、経験のあるすぐれた研究者は、スライド準備投影室でしばしば声を出して練習しています。
(4) 原稿を読まない: 聞いている人にとって説得力のある発表は、原稿を読むのではなく、充分にリハーサルを行った口述による発表です。発表内容の要点は、スライドの中に、キーワードとして盛り込んでおけば、たとえ原稿がなくても、重要な内容を言い忘れることはありません。また、早口にならず、ゆっくりと大きな声で話すようにしましょう。
原稿なしで発表することを、次の発表から是非試してみて下さい。そのような発表をくり返していれば、そのうちに原稿なしで発表する技術が身につきます。
(5) レーザーポインタは的確に指す: レーザーポインタは、必要なときだけ的確に指示し、不要なときは必ず切りましょう。また、レーザーポインタをあまり動かすと、聴衆はどこを見ればよいのかわからなくなり、目がちらつくだけなので注意してください。
(6) 略語は避ける: 新しい技術や製品などの略語は、たとえ、スライドの中で略語で書いていても、口頭では、略さないで正確に述べるようにします。略語の多用は、聴衆にフラストレーションを与えます。


B.分かりやすく効果的なスライドを作成する
(ここに示したスライドはあくまでも一例です。)

1.文字スライドの注意点 2.図表スライドの注意点
(1)簡潔に要点だけを書く (1)1スライドに大きな1枚の図表
(2)文字のコントラストを高く (2)縦軸,横軸の説明を加える
(3)強調したいところだけにカラー (3)グラフは四方を囲み目盛りをつける
(4)凡例は矢印で示す
(5)グラフの色使いに注意
(6)複雑な表は避ける

 

1.文字スライドの注意点

(1) 簡潔に要点だけを書く: 1つのスライドが聴衆の目に触れる時間は、せいぜい数十秒です。したがって、スライドには、要点だけを簡潔に書いておかねばなりません。1枚のスライドに、小さな文字で多くの事を書くことは、絶対に避けてください。特に、すべての要約や結論をスライドに長々と記述することは不必要です。会場では、何十メートルも後ろから、あなたのスライドを注目している人がいることを忘れないでください。
目安として、スライドに書き込む行数は8行以内、1行あたりの文字数は20字程度が良いでしょう。文字の大きさは、28ポイント以上を奨めます(字は太く、大きすぎると感じるぐらいがよい)。また、出来上がったスライドを手を伸ばした状態で読んで見て、字が読めないようだと、そのスライドの文字は小さすぎます。
(2) 文字のコントラストは高くする: 背景と文字のコントラストを高くしてください(例えば、濃紺の背景に白または黄色など)。
(3) 強調したいところだけにカラーを使う: 過度の配色は、大変見難くなり、不快感を与える場合もあります。シンプルな配色で、強調したいところだけをカラーとするのが最も効果的です。大変見にくい色は、濃い色を背景にした暗い赤色や緑色の配色です。また、背景に素敵なデザインがあるスライドも一つ間違えば見難くなるので注意してください。

2.図表スライドの注意点

(1) 1スライドに1枚の図表: 1枚のスライドには、1枚の図表を出来るだけ大きく描きます(複数のグラフを1枚のスライドに組み込まない)。
(2) 縦軸,横軸の説明を加える: 口述発表では、横軸と縦軸が何を示すのかを簡単に説明するようにします。そうすれば、グラフの内容が理解しやすくなります。
(3) 締まりある図表を作成: グラフのスライドは、グラフの四方を枠で囲んで、さらに、軸上に目盛りを書き込むとデータが理解しやすくなります。
(4) 凡例は矢印で示す: 複数の曲線(プロットなど)を含むグラフでは、それぞれの曲線が何を示すのかが一目瞭然にわかるように、グラフの中に簡単な説明を矢印で示しましょう。
(5) グラフの色使いに注意: 複数の曲線を含むグラフでは、線の種類(実線、点線など)を変えたり、色わけすることが効果的です。しかし、文字スライドと同じように、背景と、線などのコントラストが高い色使いにしましょう(白地に黄色や薄い色は厳禁)。また,線の太さは、ほどほどに太い方が見易くなります(特に、スキャナで取り込んだ画像などは、線が細い場合が多いので注意)。
(6) 複雑な表は避ける: 複雑な表は、複数枚のシンプルなスライドに分けたり、できるだけグラフ化することを考えて下さい。どのデータが重要なのかをよく考えて作成することが大切であり、1枚のスライドにたくさんの文字や数字が並んだ表は厳禁です。

C.発表時間を有効に使う

発表時間を有効に使う
(1)所属・氏名は言わなくてもよい
(2)重要度の低い内容は見せるだけでよい
(3)予稿原稿の修正はほどほどに
(1) 所属・氏名は言わなくてもよい: 発表の冒頭に、あなたの所属・氏名をいう必要はありません。あなたの名前と所属は予稿集、プログラム、スライドなどに書かれているだけではなく、発表の直前に座長があなたの所属・氏名を紹介してくれます。
(2) 重要度の低い内容は見せるだけでよい: リハーサルをしてみて、どうしても時間が足りないときには、重要度の低い内容の説明からカットしてください。例えば使用機器などの説明は、研究の重点となる場合を除き、見せるだけでよい場合もあります。
(3) 予稿原稿の修正はほどほどに: 予稿原稿の修正に時間をかけることはやめましょう。たとえ、予稿原稿にマイナーな修正個所があったとしても、会場で聴衆が注目しているのは、これから始まるあなたの発表内容です。

D.おわりに
 いろいろと細かな注意点を書きましたが、最も手取り早く上達する方法は、たくさん練習をすることです。また、「わかりやすい発表をしている人」の発表スタイル(スライドのカラーの使い方なども含めて)を真似ることでしょう。学会での口述発表の目的は、極言すれば、多くの聴衆の方々に、あなたの研究を理解してもらうことです。是非、これらのテクニックを身につけて、インパクトある学会発表にしてください。
最後に、あなたが聴衆の一人になった時には、良い研究発表をした方々に拍手をしては如何でしょう。どの研究者も、学会発表のために多くの時間をかけ、発表当日にそなえているのです。その努力に対して拍手をするのは、聴衆からのわずかながらの感謝の気持ちの表現ではないでしょうか? 聴衆からの反応は、発表者にとっては大きな満足感となり、次の研究発表への励みにもなります。是非、あなたが率先して拍手してあげてください。