1. はじめに
 CT検査による放射線被ばくに対しては,一部で相変わらず厳しい目が向けられているようである.臨床でのCTのインパクトは大変大きく,それにより国民が享受できる利点が大きいのも事実である.しかし,様々な情報が交錯し,放射線診療が患者から過剰なまでの厳しい目で見られることが現実に起き始めており,さらにはそれにより本来患者が放射線診療によって受けることができる利益を制限しかねない事態にもなり始めている.
 本稿では,放射線防護の立場からこの問題について述べてみることにする.

2. 平成16年2月10日読売新聞1面トップの記事について
 いわゆる「Lancet論文」1)の件であるが,しきい値なし直線モデルを用いて各国のリスク評価を行い3.2%という詳細な致死がん発生率を示している.おそらくThe Lancet誌側で両論併記の形式にするためと思われるが,同号に併載されたCommentaryでの反論論説2)を無視し,本来両論併記であったものを自身の主張に合う方の論文だけを取り上げて新聞記事にするという,問題のある内容であったことは周知のことと思われる.
 このCommentaryは,放射線診断によって発生するかもしれないがんよりも,放射線診断での早期発見により,それ以上のがん死亡を防いでいるという救命・延命といったCTの利益面がまったく考慮されていないことを指摘する内容であった.ちなみに翌2月11日に同様の記事を掲載した産経・朝日の両紙は,Commentaryの内容まで含めた両論併記の記述であった.
 また,米国では対訴訟用も含めCTが過度に使用されていることに対する取り組みが行われており3),我が国でも実効性の上がる取り組みを学会等が主導して行う必要があるかも知れない.

3. 放射線被ばくでの発がん
 放射線の人体への影響のターゲットは,DNAである.DNAは二重らせん構造を持っており,その鎖の片方が切断されると修復酵素の働きで損傷が修復される.また修復が不可能であったものは,アポトーシスという機序により細胞が自殺していく.二重鎖切断が起こると単鎖切断よりは修復が困難となり,修復不能なものは免疫機能によりその細胞が除去され,それらをすり抜けたわずかなものが発がんの原因となる4).つまり二重鎖切断が放射線損傷の主役である.そして放射線診断で用いられているような低エネルギー低線量の放射線では二重鎖切断はあまり起こらず,修復とアポトーシスの機構により,放射線以外の原因でも多数発生する毎日のDNA損傷はその日のうちにそのほとんどが排除される5).Goodheadによると,X線などの低LET放射線1Gyを受けた「細胞核」内は,40個(近藤の論文では30個5))の二重鎖切断が起こるとしており6),ちなみにこれらGyレベルの線量オーダーは,放射線治療やIVRでしか起こりえない.
 また,いくつかの疫学的調査では100mSv以下の被ばくでは,放射線によって発がんが有意に増加するという結果は示されていない(もちろんそのまま発がんリスクがまったく無いというわけではないが).低線量放射線による発がんリスクは多少なりとも存在するのであろうが,他のリスク因子に埋もれてしまい,放射線に起因したものであることを統計的に証明できないレベルであると考えればよい.
 ある雑誌で「タバコを除けば,放射線診断による医療被ばくが単一かつ最大の発癌因子」という記述7)を見つけたが,これについては基にした参考文献が記載されておらず,いろいろ調べてみたがそれを証明するデータを見つけることができなかった.

4. しきい値なし直線モデル
 しきい値なし直線モデル(LNTモデル)とは,放射線量に比例して放射線誘発がん発生の確率が直線的に比例関係で増加するという考えであるが,これは低線量域での放射線誘発がんと線量の関係が判明していない現在,放射線防護や規制の基準作成の際,その代わりとして用いられているモデルである.このモデルが該当する影響としては,発がん,白血病,及び遣伝的影響であるが,広島や長崎の原爆被爆者の寿命調査では,200mSv以下の被ばく線量ではがん発生の有意な増加は確認されていない8).そして被爆後長期間にわたる研究では,致死量に近い線量にさらされた生存者たちの子孫でも,有害な遺伝的影響は出ていないようであり,遺伝的影響はヒトでは確認されていないという考えが主流である.
 LNTモデルは,日本の原爆被爆生存者のような高線量・高線量率の放射線を受けたケースについては,信頼できる疫学的データが存在しており,このような高線量・高線量率のデータをそのまま低線量・低線量率まで直線外挿し,そこに線量・線量率効果係数(Dose and Dose-Rate Effectiveness Factor :DDREF)を加味したものである.
 上記「Lancet論文」でのがん発生予測は,このモデルに基づいて行われているが,LNTモデルは,しきい値が存在しない放射線影響(がん・白血病)において放射線規制や法整備を行うために用いるモデルであり,このモデルで推定した誘発がん数が,実際の誘発がん数ではない.しかし,最近このあたりをあたかもがんが発生しているかのように誤用した記述も見受けられ,それが一般の方々の間で話題となるケースが散見されることは大変残念である.
 ICRP は2007年勧告9)において「集団実効線量は疫学的リスク評価の手段として意図されておらず,これをリスク予測に使用することは不適切である.長期間にわたる非常に低い個人線量(very low individual dose)を加算することも不適切であり,とくに,ごく微量の個人線量からなる集団実効線量に基づいてがん死亡数を計算することは避けるべきである」と,低線量域での集団実効線量を用いたがん死亡数予測に対して警告を発している.

5. がん検診
 がん検診に関する検討会議事録10)を読む限り,肺がん検診への「低線量CT」の導入については,それによるスクリーニング段階での不利益としては,「放射線被ばくが単純X線よりもかなり高い,実効線量で20 から40 倍相当になるということ,要精密検査率が高いということ,それから,過剰診断の問題もある」ということで見送りになっており,必ずしも放射線被ばくだけが理由ではない.乳がん検診におけるマンモグラフィ併用検診に関しては,飯沼武先生によるリスクベネフィット解析で,正当化されることが明確化されている11-13)
 AとBを比べて線量が何十倍とか何百倍という記述をしばしば見かけるが,これはそれに相応してリスクも何十倍とか何百倍ということなのであろうが,このような場合には,比較する対象のリスクがどの程度であるかが重要であり,非常に小さいリスクを何百倍しても顕著なリスクとはならないケースもあるので,リスクをこのような単純な相対論で論じることは,世間に誤った理解を与えかねないので避けるべきである.
 次に文献14の例のように,年齢とともに変化をする乳房では,劇的に成長をきたす時期である小児や若年層の乳房は重要なリスク臓器となる.逆に言うならば一つの臓器が一貫して同じリスクというわけではない.それゆえ,一部の部位の事例では,比較的低い線量でも発がんが有意に増加するデータが出てくるものもあり得る.

6. 労災認定について
 一部において,労災認定されたことを低線量での発がんの根拠としている記述も見かけるが,科学的そして疫学的知見を覆す根拠として行政判断である労災認定を用いることは正しい姿勢ではない.あくまで科学という同じ土俵上における基準やデータに基づいて議論されるべきである.
 ちなみに現在の労災認定基準は,「電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準について」15)(基発第810号昭和51年11月8日)によると以下のとおりである.

慢性放射線皮膚障害について
(1) 本文記の第2の3の(1)の「相当量の電離放射線を皮膚に慢性的に被ばくした事実があること」とは,3ヵ月以上の期間におおむね2.500レム又はこれを超える線量の電離放射線を皮膚に慢性的に被ばくした事実があることをいう.
(2) 慢性的に電離放射線に被ばくしやすい部位は手指であるが,手指の被ばく線量が測定されていない場合が多いので,このような場合には現場調査,モデル実験等を行って線量を推定する必要がある.
放射線造血器障害について
(1) 本文記の第2の4の(1)の「相当量の電離放射線に慢性的に被ばくした事実があること」とは,おおむね1年間に5レム又は3ヵ月間に3レムを超える線量の電離放射線を慢性的に被ばくした事実があることをいう.
(2) 本文記の第2の4の(2)については,放射線造血器障害は被ばく開始後数年間を経た後に発生することが多いことに留意する必要がある.
白血病について
(1) 本文記の第2の5の(1)の「相当量」とは,業務により被ばくした線量の集積線量が次式で算出される値以上の線量をいう.
 0.5レム×(電離放射線被ばくを受ける業務に従事した年数)
(2) 白血病を起こす誘因としては,電離放射線被ばくが唯一のものではない.また,白血病の発生が電離放射線被ばくと関連があると考えられる症例においても,業務による電離放射線被ばく線量に医療上の電離放射線被ばく線量等の業務以外の被ばく線量が加わって発生することが多い.このような場合には,業務による電離放射線被ばく線量が前記(1)の式で示される値に比較的近いものでこれを下回るときは,医療上の被ばく線量を加えて前記(1)で示される値に該当するか否かを考慮する必要がある.この場合,労働安全衛生法等の法令により事業者に対し義務づけられた労働者の健康診断を実施したために被ばくしたエックス線のような電離放射線の被ばく線量は,業務起因性の判断を行うに際しては業務上の被ばく線量として取り扱う.
 (原文ママ,一部抜粋,中略)[1レム(rem)=0.01Sv]
上記のとおり非常に低い線量で労災認定基準に達することがわかる.またこの基準は昭和51年に定められた基準であり,少なくとも今から34年以上も前の知見に基づくものであることにも留意すべきである.これらからも労災認定されたことを科学的なエビデンスとするという論理展開には大きな問題があるということは理解していただけるのではないかと考える.

7. 最適化のためには
 医療において線量の最適化を推進するには,撮影手技の標準化と診断参考レベル(DRL)の設定が重要となってくる.CTの撮影に関する標準化はすでに日本放射線技術学会放射線撮影分科会により成書として出版されており16),線量の最適化の保証にも繋がるDRLの設定については,撮影と防護の専門家が中心となり手を携え推進していかなくてはならない.しかしながらそれだけでは不十分であり,線量の最適化について今一度考え直してみることが重要である.

8. まとめ
 CTは医療での画像診断検査の中では相対的に線量が多く,しかも短時間で簡便にできる検査である.しかし,それに伴って得られる医療情報も多く,それゆえに検査数も多くなってしまう.昨今の報道や雑誌の記述を見ても,読者に対し単に不安を持たせるだけの内容が多い.しかし,ひとたび臨床上必要であるならば,患者の受ける利益は絶大であり,そういった意味ではこれらの記述に対する我々の対策は,(依頼医を含めた)医師による正当化,診療放射線技師を中心として最適化をしっかり行うことしかない.一部の批評家やマスコミ等の扇動に踊らされることなく,着実で誠実な医療を行うことを心掛けたいと考えている.

9. 参考文献
1)
Gonzalez AB. Darby S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 2004; 363: 345-51.
2)
Herzog P. Rieger CT.COMMENTARY. Risk of cancer from diagnostic X-rays. Lancet 2004; 363: 340-41.
3)
Radiological Society of North America : RSNA News Release. Radiologists Call for National Strategy to Address Medical Imaging Overuse. Released: August 24. 2010.
4)
近藤宗平,米澤司郎,齋藤眞弘,辻本忠:核融合科学研究会委託研究報告書 低線量放射線の健康影響に関する調査.核融合科学研究会(2003).
5)
近藤宗平:21世紀の放射線防護のための放射線影響研究再評価 −徴量被ばくに対する生体防衛機能の働き−.医療放射線防護NEWSLETTER 28: 4-9(2000).
6)
Goodhead DT: Initials events in the cellular of ionizing radiations: clustered damage in DNA. Int. J. Radiat. Biol. 65:7-17(1994).
7)
近藤 誠:CT検査でがんになる.文藝春秋11月号,(2010).
8)
United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation:Biological effects at low radiation doses: UNSCEAR 2000 Report. Scientific Annex G. (2000).
9)
International Commission on Radiological Protection : The 2007 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection. ICRP Publication 103. Ann ICRP 37. 1-332 (2007).
10)
第16 回がん検診に関する検討会議事録. 厚生労働省老健局老人保健課(2007).
11)
飯沼 武:マンモグラフィ検診における利益とリスク —1年と2年間隔の場合—.日本乳癌検診学会誌9(1): 51-58(2000).
12)
飯沼 武:乳がん検診のRCTを批判したGO論文に反論する.日本乳癌検診学会誌12(3): 250-257(2003).
13)
飯沼 武:日本の乳がん検診は乳がん死亡を減らせるか?—2025年の定量的な予測—.日本乳癌検診学会誌15(1):48-49(2005).
14)
Morin DM. Lonstein JE. Stovall M. et al. Breast cancer mortality after diagnostic radiography: findings from the U.S. Scoliosis Cohort Study. Spine. 25(16):2052-63 (2000).
15)
「電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準について.(昭和51年11月8日付 基発第810号).労働省労働基準局長通知.
16)
日本放射線技術学会放射線撮影分科会,X線CT撮影における標準化ガイドライン作成班.放射線医療技術学叢書(27)X線CT撮影における標準化〜ガイドラインGuLACTIC〜(2010).